神様もう一度だけ

突然の別れだった。
さよならの一言さえ言えなかった。

「さよなら」を言いたかった?違うだろ?
本当はさよならなんて言いたくなかったんだ。
そもそも「さよなら」と別れの言葉を伝える事で何かが変わったのか?
例え言えたとしても、最後に伝えたその言葉の、
抱きしめたその肌の感触が、まるで棘の蔦のように俺の体を締め付けて、
ただ身動きをとれなくしただけだろう?

だが、言えなかった別れの言葉は行き場を無くして宙を舞う。
せめて、せめて別れ際に一言言えればと、叶わなかった事実をはけ口にして、今の自分の存在を無理矢理に肯定しようとする。


愛の前に 悩まないように 後もどりなんてできない
今も大切なあのファイル そっと抱えたあのまま

I still love キミの言葉が まだはなれないの
あの日あの場所で 凍りついた時間が
逢えないままどれくらい たったのかなきっと
手をのばしても もう届かない

Perfume 「パーフェクトスターパーフェクトスタイル」)


Perfumeのこの曲を聴く度胸を締め付けられる。
失ったものが戻ってくることが無いのはもちろんだけど、
失ったことで心に付いた傷は、もしかしたら二度と消える事は無いのかもしれない。



松の屋が閉店した。

もう一度言う。

定食の松の屋が閉店したんだ。


別れが突然なら出会いも突然だった。
立川北口、立川郵便局本局の並び。
昼時は常に満員のSガストの隣、すぐ隣。

「明日オープン」手書きの張り紙がしてある店内は、
まだ内装工事中だった。
偶然その前を通りかかった俺は、その状況に唖然とした。
ここは日本か、と。

後日店に入ってみると、そこはトワイライトゾーンか、X-FILEか。

食券制なのに、席につくとメニューがおいてある。(←ルーズリーフに手書き)
なぜか、厨房の中にだけテレビがあり、常時点いている。
本棚のドラゴンボールはなぜか35巻以降が2冊ずつある。

ラーメンとミニから揚げ丼を注文して驚愕した。
ミニから挙げ丼は、松屋で言うところの大盛だった。フルコーラスだった。
女子ならこれ一杯でも、お残し必至。罰ゲームだ。

「松の屋特製 とんかつ定食」もハードコアだった。
とんかつの外寸は俺の足(27.5cm)と余裕で超えてきた。
日によってはランチタイムサービスなのか、さらにハムカツがもれなくついてきた。
もちろん飯は「日本むかしばなし状態」。茶碗、否、丼に山盛りだった。冗談だと思った。

からあげ定食に至っては、皿いっぱいのから揚げ(whole lotta kara-age)。
数を数えたら12個のっていた。
核家族の晩飯だろ!女の子一人っ子の家庭なら誕生日やクリスマスのディナーだって言っても問題ないだろ!

そんな規格外のダイナミックさに心奪われ足繁く通うようになった。

ドラゴンボールも、
べジータ元気玉当てたのって悟飯だったんだ!とか、
ヤムチャってこんなに無惨に殺られてたんだ!(特に人造人間の時)とか、
と、細部まで読み込めるほど通っていた。

「07年後半は小島よしおと松の屋の年だったね!」
女子大生が街中でそんな事話してるよな気がしていた。

心休まる安住の地を得たと、07年の昼食事情の勝ち組になった気分で一年を終えたのだった。

08年。
さあ、今年は魔人ブウ編を読み込んじゃおう!
意気込んで出かけた1月8日。
シャッターは固く閉ざされていた。

いや、そうだ。
店を切り盛りしてるのは中国人っぽい方だった。
中国では正月が長いんだっけ?そうに違いない。
もう一週間くらい待ったほうがいいのかな?
いや、まいっちゃうね、こっちは3日から仕事だからさ。あはは。

各楽器メーカーが営業を再開し、TVも特別編成が終わり連ドラがぞくぞく始まる。正月ムードがいい加減街から一掃される。

しかし、松の屋のシャッターは決して開かない。

一週間、また一週間と過ぎ、08年も2月に入った。
いくら信じる気持ちが大切だって分かっていたって、俺とて、もういい大人だ。
それが何を意味するかは分かってる。
対象への想いを加速させるあまり、現実から目を逸らせる事は恥ずべき行為。

松の屋は閉店した。
松の屋は潰れたのだ。

しかし、07年の年末ギリギリだって何の案内も無かった。
「お客様各位」も、「ご愛顧ありがとう」も何もなかった。
その直前まで、普通の顔して普通にしていた。


別れを、さよならを感じる事さえ許さず
お前は去った。


その日から俺はまた新たなステージへ踏み出した。

そもそも、そこに店舗があるからと、そこにある事が当然だと思ってしまった俺に奢りがあった。

この地球上に永遠に続くものなんて存在しない!
すべては生まれた瞬間に終わりに向かって走り出しているんだ!
だから、今この瞬間。この時。

もし、愛する物が、人があるなら、今全力で心を砕き愛さなければ。
もし、変えたい未来がそこにあるなら、全力で新しい道へ踏み出さなければ。

無くなってからでは遅い。
無くなると分かった時では遅い。
別れはいつも唐突だ。

もし、大将に「とんかつ定食最高だね!」と言えていたら、
大将の何かを動かせたかもしれない。

変えられないかもしれない今は、
変えられるかもしれない今。

始めなければ始まらない。
俺の携帯には、12個のから揚げを写した画像ファイルが保存されている。

「後悔先に立たず」を身をもって知った26の冬。
何が言いたかったのかというと、要するに、

美味くて安い定食屋求む。